私はよく、「ちゃんとしない」選択をしています。
朝ごはんを簡単に済ませたり、昼は毎回同じものを選んだり。
一見すると、ただの手抜きやサボりに見えるかもしれません。
でも自分の中では、なんとなくではなく、ある基準で判断しています。
判断基準はひとつだけ
何かを省くかどうか迷ったとき、私が確認しているのは、次の一点です。
「それをやらなかったことで、あとがラクになるかどうか」
今この瞬間がラクかではありません。
その後の仕事や一日の流れが、少しでも軽くなるかどうか。
判断材料は、それだけです。
朝ごはんを「ちゃんと食べない」理由
朝は、妻が先に家を出ます。
私は洗濯をしてから仕事に入ることが多く、
食事まできちんと整えようとすると、どうしても慌ただしくなります。
無理にちゃんと食べようとすると、
- 準備に時間を取られる
- 仕事の始まりが遅れる
- 気持ちの切り替えがうまくいかない
こうなるのが分かっています。
だから、朝は食べないか、簡単に済ませます。
それで仕事にすっと入れるなら、私にとってはその方が「あとがラク」です。
昼ごはんを毎回同じにしている理由
昼ごはんを考えるのが嫌なわけではありません。
ただ、毎日そこに判断を挟むと、午後の集中力が削られる感覚があります。
「今日は何を食べようか」
この小さな迷いが、意外と残る。
だから昼は決めています。
迷わないことで、午後が軽くなる。
それなら、毎回同じでいいと判断しています。
サボりとの違いはここ
自分の中で、意識して区別しているのは次の点です。
- あとがラクになるからやらない → 選択
- ただ面倒だから避ける → サボり
正直、境目ははっきりしないこともあります。
でも、「その後どうなるか」を一度考えるだけで、自分なりの答えは見えてきます。
整えないことは、考えていないことではない
整えない選択をしていると、何も考えていないように見えるかもしれません。
でも実際は逆で、考える場所をあらかじめ決めているだけです。
全部をちゃんとしようとしない。
その代わり、「ここだけは判断する」と決めている。
迷ったら、この質問だけでいい
ちゃんとやるか、やらないかで迷ったとき、
私は自分にこう聞いています。
「これをやらなかったら、あとがラクになる?」
答えがYesなら、やらない。
Noなら、ちゃんとやる。
それだけで、平日の過ごし方はかなり軽くなりました。

